・江戸東京野菜復活のきっかけは、日本料理業組合の会長で「日本橋ゆかり」の野永喜一郎氏が「東京の料亭も大多数が京風の味になっているが、江戸には江戸の味がある。江戸東京野菜を日本橋から発信したい」と、料理サイドからのアプローチがあったこと。メディアが取り上げ、ブランド化への機運が盛り上がった。
・江戸東京野菜は、江戸に幕府がおかれた際に徳川氏が尾張から百姓も同行して農産物の生産が始まったことにさかのぼる。各地の大名も国元から百姓を呼び、種も持ってきて、栽培を始め、江戸は田園都市にもなった。他方、江戸の作物の種を全国に持ち帰るため、巣鴨から中山道に種屋街道もできた。江戸っ子気質から促成栽培も行われていた。
・江戸東京野菜には一つ一つに物語がある。その説明板が、1997年、ゆかりの産地、最寄りの神社に設置されたことで(農業協同組合法成立50周年記念事業として大竹氏の提案)、各地で見直されることとなった。
・寺島なすが墨田区の寺島小学校で食育教材になったり、都内のレストランや料理屋で江戸東京野菜にこだわった料理が提供されるなどの動きも広がっている。

寺島なすv.s.
千両なす(岡山県産)
※生/蒸し/2%のたて塩/素揚げ